Posted on 1月 15, 2017
(小説・エッセイ)『蜜のあわれ』
室生犀星著『蜜のあわれ』(1959)講談社文芸文庫。
・・やはりと云うか、予想以上に少女愛に満ちた作品だったなぁと感想。当然自分のツボにはまった『ロリータ(ドロレス)』『痴人の愛(ナオミ)』を読んだ読後感があった。
全編あまり見られないシナリオのような会話劇の珍しいタイプに新鮮感。そして文章ならではの表現に、姿かたちがいったい金魚なのか人間なのか、各読者の想像(・・と云っても映画化された同名作品の予告編や宣伝など何度と見かけたせいか自分は読みながら少女像を女優の二階堂さんを思わずにはいられなかった)に任すような文体、展開と七十歳の小説家とその少女(と云っても人間でいう二十歳くらいの容貌?)との“官能”というよりも、もっと艶めかしいエロチックで隠喩などの言い回しありなどのお話に読み応えあり。
またオノマトペ “ぬめぬめ” “ぬめっとして・・” などのイヤラシイこと。これじゃ露骨な官能小説表現じゃないかぁと思ったり(称賛の意をこめて)。
そして本編中の七十の小説家の言動はもとより少女の思うこと、感ずること、云ったことすべて、また、夢の中での夢見君のことも含めすべて作者である犀星の思うことを考えるとちょっと曳いてしまうくらい気持ち悪く思ったり(え?!そんなこと思ってたの?というように)
・・「後記 炎の金魚」での裏話も正直に著者の作品に対する意図や思うことなどがよくわかりこちらはこちらで面白く読んだかな。
・・満足した。
・・さて、それでは映画の『蜜のあわれ』を観ようとするかな。