Posted on 6月 7, 2026
(映画パンフレット)(黒澤映画)『どん底』
ロシアの劇作家 マクシム・ゴーリキー の戯曲『どん底』をもとに映画化、黒澤明製作、脚本、編集、監督作品『どん底』(1957)
英題(外国版タイトル)「Les bas-fonds」
(出演)三船敏郎、山田五十鈴、三井弘次、左卜全、田中春男、藤原釜足、香川京子、千秋実、渡辺篤、清川虹子、中村鴈治郎、東野英治郎、根岸明美、
(音楽)佐藤勝
・・映画を観るに際して、ついでに原作も読んでみようと思ったが、いまだ未読(積読)。
・・歳を重ねるにつれ黒澤映画のなかでも好み(趣向)が変わってきているかと気付くことがある。若い頃は代表作だと云われ、映画ファンからもまず先に挙げられる『七人の侍』や『天国と地獄』などやはり好んで何度も観てたりしたのが、ここ最近(数年来にわたって)は比較的地味や、暗いかと云われたりもする、例えば『生き物の記録』をはじめ『どですかでん』のような傾向の作品に偏りつつある。そんななかでのこの『どん底』。いい。面白い。中身も人間の悲哀から様々なキャラたちによる人間模様が展開されて、一方の戦国合戦モノのスケールはあれど中身的に人間のやりとりに深い追及が薄いとかんじられるものに惹かれ具合が薄れてきてるようにも感じるなど。
ようは映画と云いつつも原作が戯曲なだけに映画もまさに舞台調で長い落語感。ロシアのお話を江戸の貧しい貧民長屋(冒頭のシーンから砂の女の家屋を思わせられる)に置き換えられるというまさに落語のようなコメディとなってる。 個人的には北野武監督の『座頭市』のほぼ全部を面白いと受けてる反面ラストでのタップダンス取り入れたダンスのくだりがミュージカルテイストに感じノレなかったこともあったことと同様、この映画でも楽しく歌いながらの宴があるんだが、ちょっとノレナカッタなぁ。
あと久しぶりに観ても所々台詞の聞き取りにくいとこもあったりして、今なんて言った?のようなとこも何度かあり多少のストレス感。
・・パンフの表紙デザインに関しては、良いも悪いもないが、そんなに主役級か?と今回は思った三船敏郎をあえて推し、個人的にはあまり観ていて気持ち良くなかった山田さんの香川さんに対する掴み襲うあたりが使われて、自由にスチール素材が使えるなら、やはり、小津映画の『長屋紳士録』じゃないが貧民窟のなかでの踊り騒ぐ宴のカットがよろしいんじゃないかとね。
なによりこの映画、黒澤映画のお馴染みキャラたちの共演ぶりが観ていてまず楽しい。元々個人的にも贔屓してる俳優、三井さんをはじめ左さん、中村鴈治郎さんも、ただ二代目で、ホントは四代目の方。これに怪演俳優、伊藤雄之助さんも出てればなぁ~と。 そしてこの映画では根岸さん山田さんなど色ぽかったねぇ。香川さんはどちらかというとまだ若いぶん可愛らしさ、初々しさがあるね。
映画を観た後にはやっぱり原作(戯曲)読もうかと前向きになるんだけど、一日二日経つと忘れちゃうんだよなぁ(他にも優先じゃないが積読本も溜まってて結局それらに埋もれてしまうんだよね)。
Posted on 6月 7, 2026
(映画パンフレット)『縄文にハマる人々』
- ドキュメンタリー映画、山岡信貴監督作品『縄文にハマる人々』(2018)
(英題)「Hooked on the Jomon」
- (出演)小林達雄、佐藤卓、いとうせいこう、デニス・バンクス、
(ナレーション)コムアイ
(エンディングテーマ)「煙夜の夢」森は生きている
「・・答えは無いでっせ・・」
・・歴史を語る映画というよりアートだよね。
・・タイトルの「ハマる人」、ん?いやいや、(ハマってる)(ツカッてる)(アツい)人たちだったね。
・・パンフの表裏のデザインとナレーションのコムアイさんの声(ふだんの地声?)はポップな可愛らしさがあるね。とくにパンフのイラストをみるとそのポップさにヒルマ・アフ・クリントやニキ・ド・サン・ファルを個人的に想起。
・・ドキュメンタリーといえども、観てるあいだ波長、周波数があったせいか(これこそ映画に対しての誉め言葉)癒されるわ、出演者たちのパワフルさにこちらも圧倒されるわで「みんな好き勝手しゃべってるよ」と各人の解明することのない謎に対しての畳みかける推測や考察に呆れ関心に終始ニヤニヤしてた。
それにしても出演者たち(若きもの無い老いばかり)みんなバイタリティーあふれイキイキしてる。仕事といえホントにその世界が好きなんだなぁ。ただ、デニケンなどが提唱したような宇宙人説を語る人はいなかったね(一人ぐらいいても良いと思ったんだけど)。
・・まぁ当然と云うか亀ヶ岡の遮光器土偶(おなじみマンホールや駅舎もね)も劇中に登場したのは嬉しかったね。まだ一度も行ったことないんで、観ながら近々本当に行こうかしらなど思ったり。
・・映画を観終わって、より内なるクリエイティブ魂に火がついたかのよう。同時にささやかな勇気をももらったかのようだった。













