Posted on 8月 8, 2018
<夢占い>所有する映画パンフレットを勝手に持っていかれる
~2017年、初夢。~
(その1)
・・自分の部屋内にズカズカと大勢の人々(無表情に嫌がらせのごとく)がいきなり土足で押し入ってくる。なんだ?なんだ?と思いつつ自分は入ってきたひとりひとりに「出ていってくれ!」と制止するが、皆まったく云うことをきかない。
床に散らばってた所有するパンフレットをぞんざいに見ては扱う者の姿や、部屋のなかのモノ(パンフ以外のモノも)を袋詰めして外へと運ぶ複数の人間の姿など(まるでゴミ回収してるよう)。なんの為の行動をしてるのか理解できないままいつの間にかにガランとなった部屋内にもはやコレクションしてたパンフの束の存在が無くなってる(どこへ持っていかれた?それとも処分された?)。自分は怒りに激しく抵抗しながらも尚ひとりひとりに「何をやってるんだ?やめてくれ!」と制止するが全然きかない。
同時にふと思う。どうやらこれはなんらかのイベント会場づくりの為に隣室の部屋も含め自分の部屋もその一環として片付けられているのか?など思ったりも。強引な強制行動に自分は成す術もなく怒りと悲しみにくれる。
・・その後大量のパンフはどうなったか?捨てられたのかなぁと半分諦める。
・・以下は(その1)の夢の設定とはまた違うが大量のパンフのことや、毎月の家賃のことを考えて別の場所に引っ越そうかと考えた末のこと?~
(その2)
(自分は学生なのか社会人なのかは不明)
・・顧問のN先生監督率いる野球の試合が17時から予定されてるなか(先生により)出場メンバーや背番号を発表され、黒人の血をもつハーフで巨漢な一年生のひとりもベンチ入りするなど。
自分は15時15分頃荷物を担いで16時集合に合わせて行くが(途中チームメイトのひとりと会ったり)ちょっとの合間ならいいだろうと新しい物件探しのために寄り道して或る会社の寮と食堂などがくっついた数部屋ある物件の内見をしようとする。
その物件に着くと正面玄関の入り口が何処だか分からず、いろんな角度から建物内を覗いたりして食堂のなかへ入っていくと(その自分のウロウロぶりを不審者扱いに監視カメラで撮られていたのか?)ひとりの管理人的役割の人物らしき男性が自分のもとに近づいてきて不審者あつかいを指摘する。すると「自分も今日からこちらでお世話になろうと来た者です。」と答えると(その時点で、もうここに住むと決めていたかな?)納得され入り口や部屋を案内される (ここで改めて夢の中での自分の境遇を考えると今住んでる家賃のマンションを引き払ってなるべく安い家賃で大量の本やパンフの為の棚を置けるスペースがあるのを優先した部屋に移り住もうとした末に引っ越しを考えていた)。
部屋の間取りは四畳半ほどの部屋に加えて段差の先にはこじんまりした和室が奥にあるというもの。見た目は典型的な昭和30年代の家屋内の畳敷きの部屋のような感じ。自分はもうこの部屋に決めていて(元住んでた部屋も引き払う手続きを終えて)本棚は置けるかなどいろいろ想像(空想)する。たしかに家賃は安くタダで社食が食べられそうだが、果たして快適な生活が送られるかどうかは少し不安になる。ちなみにこの物件のある場所は南の方(大田区か品川区あたり?)のよう。
・・そうこう部屋探し(内見)などしているうち本来出向くはずだった野球の試合に関しても、どうやら自分抜きで終わったらしい。とりあえず勝ったよう。さらに続けて19時からも試合があるらしく今度はその試合に間に合わせようと管理人(その時は二人の女性だった)に対して「またしばらくしたら夜遅くに戻ってきます」と告げて手の中には食堂の食券を握り、野球道具の入ったバッグを背負い試合会場へ行こうと外へ出る。しかしそのグランドまで歩いてはとても行かれない遠い距離なので、道路沿いに立ってタクシーをつかまえようとするがこれまたなかなかつかまらない。そうこうしてる内、時間も経ってまた次の試合にも間に合いそうにない状況となる。
<夢分析>・・・2017年一発目の夢。二本の夢をざっと改めて思うとカフカ的不条理な展開がある(一本目の冷酷な部屋回収、二本目の夢には管理人による怒られ、つかまらないタクシーなど)。華々しくなくドヨ~ンとしたクラリネットの暗く重たいトーンが続き不安、怒り、嘆き、あせり、など付きまとう。どちらの夢も現実に抱えるパンフ事情が思われる(先日も実家へ段ボール箱3箱を送り、これからも手元に置く用、整理用としての予定)。無くなったらどうしようという思いや現在所有してる多くのパンフをどうかしようとする事情の夢見なのかな?
・・1月4日のワークショップでは先生から他人事のように「・・捨てたら?・・」など云われた。先生と云えども「はい、そうですか」とはさすがに云えない(自分の大事にしてるモノなんだから)。先生からは夢の中のキーワードとして単に(映画パンフレット)として分析されたようだが、哲哉個人としての(映画パンフレット)は他の皆とはちょっと違うかもしれない。子供の頃から親しんできたグッズであり(集める気はないのだが)知らず知らずのうちに何千冊と集まってしまった・・(映画パンフレット)。そのパンフを一方的に勝手に理不尽に持っていかれたり処分されようもんならこちらだって黙っていられない。・・そこのところが夢見においてのキーワードとしての分析のしがいがあるんだね。