(映画パンフレット)『ふるさと(83)』

ふるさと1
ふるさと2
故郷 私の徳山村写真日記1

 平方浩介著書『じいと山のコボたち』を映画化、神山征二郎監督作品『ふるさと』(1983)

 (出演)加藤嘉、長門裕之、樫山文枝、樹木希林、

 (音楽)針生正男

・・この映画は自分にとっては生涯(いまのところ)どっぷり映画が好きになるという影響を与えた作品の一本であろうなぁ。いつ観たっけなぁ?映画館でないことはたしか。たぶん地元の街中の文化会館の大きなホールで観たと思う。併映は『せんせい(五十嵐めぐみさん主演の)』だったと思うが、そうだったっけか?。母親に連れて行ってもらったのかな?そのへんはあやふやだ。

・・いやぁ、たしかに『せんせい』も悲しかったけど、この『ふるさと』に関してはまだ子供(少年)ながらも(心の奥底からくる)切なさにもぅ泣けた泣けた。また煽ったっていうわけじゃないけど音楽(メインなる曲)がまた良いんだなぁ(サントラもレコードも今まで見たことないんだけど存在するのかな?)。水没する為に学校最後の卒業式だったかの会ではスクリーン向うのハンカチ手に涙してる樹木希林さんと一緒に自分も涙なしには観られなかったね。

・・他人事でありながらも慣れ親しんだ土地や建物が無くなっていくサマ(姿)は見るにツラい。この映画ではダム(徳山ダム)建設によって水没していく村が無くなっていくサマ、一般でも通りがてらに見かける(たぶん新築における)家屋の解体現場なんか見てると自分がそこで暮らしてたわけでもないのにそれまでの建物の歴史など勝手に(妄想などしたり)考えたりして悲しくなったりもするもんだ(泣きはしないけど)。 そいういった無くなっていく(壊されるなど)ということは自分にとっての(魂からの?無意識からの?性格からの?)ツボとなってるのであろうか?悲しくなるものがあるね。

・・だからかなのか(ここで思い返すこと記すことにちょっと恥ずかしいものもあるが)、じっさい実家として生まれてから住み続けた家を新築で建て直すという際(当時小学校5年生だったかな)での数日後に解体予定というなか、その慣れ親しんだ家での最後の日だったか(残り少なくなった頃だったか)の或る夜には、もぅ悲しくて悲しくてオイオイ泣いてとても寝られる状態じゃなかったこと(両親で慰めてくれたけど自分にとっては止めどなく悲しく涙も止まらなかった)を、今ここで綴っていても涙が出てくるくらいの半生の思い出となってるね。

・・(そんな何やかんやあって)自分の魂や経験とダブってか、この映画は自分にとって(ツボにはまる)結構こたえるものがあるという名作中の名作だ。

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