Posted on 7月 28, 2026
<夢占い>殺伐した環境から出ていく
・・仕事中 (これまでの覚醒時に経験してきた仕事とは違い、なにか少人数で物を運ぶような仕事)、 ふと見かけた別のグループの中のひとりとして行動している男を見て「あ!T君(高校のクラスメイト)かな?」と、高校の頃とさほど顔が変わってなかったので一目見るや気づく。 こっちには気づいていないらしい 。 地元から遠く離れたこの地にもいるんだぁと思いながらも、こちらから声をかけることなく自分はそこから離れて次の作業をするため元々流れ上でのある部屋へと戻り入ろうと・・ あれ? あ!と固まる。
部屋の中では強引に服を脱がされ全裸にされている女性(首から下しか見えなかったが 乳房が見えたので) と無理やり他の人々にも服を脱がしている数人の男たちなど、さらに目を他へと移すと、普段一緒に仕事しているなかのひとりの男性(Oさん似)が全裸で正座させられている。 そのOさんと目が合い気づかれると「こっちへ入ってきなよ(素直に応じた方がいい)」とでも言うような合図をする。しかし自分はとっさに、もしそのまま入ったらみんなと同じことされ、さらにその後も何されるかわからないと恐怖に感じ、そのままそこから離れていく。
外では(いっけん軍のキャンプのよう) 大勢の軍隊のように あちこちで武装している人々や何事かこれから行動するような雰囲気。 どこへ逃げていけばいいかわからない、と、うろうろしている自分に気づいたか、ある男が「どこへ行く? 何をしている?」と疑問を持つように近づいてくると、手ぶらだった自分にバズーカーのような 太い銃を渡される(どうやら武装する人間として与えてもというように)ただそのままそこにいても不安だったので銃を抱えながら他ごとに用事があるように装いながらどこかしらそこから離れる逃げ道を探しながらひとり歩いていくすると、前方に金網フェンスがあり、そこから出て行けばとどこかフェンスの切れ目があればと探していると、それらしき通り抜けられそうなところから(フェンスの外を見るとそれまでの中での異様な雰囲気ではなく見た目通常世界のようだった) 出て行こうとかまえてた銃をそこら辺にそっと置いてフェンスから出て行く。 そして怪しい人物に見られないようにできるだけ遠くへと離れて行こうとするが、そこから歩くにも駆けていくにも全然進むことができず、周りには フェンス内の人間だか外界の人間だか視界に入るなか自分がこれから先どうなるのかわからない。
それから良いも悪いもどうなったのかわからないまま(忘れた) 目覚めた。
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<夢分析>・・・いやぁ~途中までは日頃のように覚醒時と同じように普通に仕事している感じだったのが急にまるでディストピア映画の中の世界のような流れと突如と変わってしまい、あたふた怯えながら逃避行するものだったね。 正直怖かった。 男から渡された銃といいフェンスの中と外の世界というのも何かしらのメタファーがあったのかな? 自分なりの解釈としては三次元的地球の世界から抜けていく数少ない人間のひとりという、スターシードというのか、そういえば フェンスから出ると言うと12月21日の夢も? いい意味として捉えたんだがね。
2025/9/2
Posted on 7月 19, 2026
(映画パンフレット)『沙耶のいる透視図』
伊達一行同名原作小説を映画化、石井隆脚本、和泉聖治監督作品『沙耶のいる透視図』(1986)
(出演)名高達男、高樹沙耶、土屋昌巳、加賀まりこ、山田辰夫、沢田和美、
(撮影)佐々木原保志
(音楽)一柳 慧
~1983年製作後「埋もれた新作発掘ロードショー」第一回作品として文芸地下劇場で3年が経った1986年10月17日に同劇場で公開~
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・・公開当時地上波テレビでたまにやってた映画の予告編集番組のなかで作品を知ったかな。まだ大人になっていなかった為かまったく興味湧かず気味悪い印象しかなかった。暗かったし。内容も内容だし、監督や役者陣もとくに知らなかったし。
まぁ、そんな自分も歳を重ねていくとともに嗜好も偏っていくなか10年20年経ってのちに目に止まるのも(惹かれていくのも)当然のことだったろうね。原作から読んで観てみようと。
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・・石井隆脚本のせいだったか、ヒロインが名美のようにもみえなくものかんじ。その名美っぽくみえた沙耶こと演じる高樹さんのボソボソしゃべるかんじが(映画を観ながら)どっかで過去に聞いた覚えのある口調に終始聞こえ気になってしょうがない。劇中も観ながら誰だたかな~、何処で観た何の作品の誰の口調に似てるかな~と・・途中でわかった、あくまでも個人的経験による捉えにすぎないのだが、高樹さんの語り口調、アニメ映画『銀河鉄道の夜』での途中で乗車してくるタイタニック号の犠牲者のなかの女の子の声を演じた、作品のイメージ主題歌を歌った中原香織さんの声だと。それだけにすぎないのだが、気になって気になって。
この作品、原作を読んでから映画を観るまで時間が経ったせいか、ラストの終わり方が思ってたのと違ったことで、え?終わり?と。てっきり自分は衝撃的なラストに「ケロイドのペニス」じゃないが、熱湯注ぎの断末魔の叫びを待ってたのだが、既に途中で明かされ、ラストでの(これも気持ちの悪い終わり方だったが)予告編でも流れた雨中の・・となったのだが、脚色されたか、原作からそうだったか、あれあれという間に終わり何とも後味の良くない終結に引きづらないが記憶に残る映画の一本として(全体的にも)満足した。
そもそもヒロイン、夢をスケッチするだの、他人に食べるところを見られるのを嫌うなど、自分と共通する点がある、それに追加して不感症という(あまり付き合いたくないような第三者からみても面倒くさい)キャラ的には、三島由紀夫原作(映画化もされた)『音楽』のヒロインにも遠からずな設定のキャラぶりに傍から見たら近づかない方がいい、面倒くさいキャラに、なんで庇うんだ?付き合うんだ?のような違和感。
そしてもうひとり忘れてはならない登場人物、土屋昌巳さん。なぜ(どういった経緯で)キャスティングされたのかもあるが、結果、この作品において主演の橋口こと名高さんを喰うほどの記憶に残るキャラぶり、怖いし、不気味だし、なんにしても良かったね。
・・原作もそうだったし、映画も最初はあまり期待してなかったが、よくありがちないわゆる普通のタイプの日本映画とはテイストがちがい、R指定ではないものの現実感の薄い、それこそ映画全編にわたっても夢のような展開に期待以上の作品に堪能したかな。











