(映画パンフレット)『旅と日々』

   つげ義春原作漫画『海辺の叙景』『ほんやら洞のべんさん』などをもとに映画化、三宅唱脚本、監督作品『旅と日々』(2025)

  英題「Two Seasons, Two Strangers」

  (出演)シム・ウンギョン、河合優実 、髙田万作 、斉藤陽一郎、松浦慎一郎、足立智充、梅舟惟永、佐野史郎、堤真一、

・・パンフの表紙、ここんとこ最近のごとく(流行りなのか?)文字だけ。もったいない。せっかくイメージとしても良い海岸風景や雪景色など絵になる素材いっぱいあると思うんだがなぁ。毎度のごとく文房具のノートか展覧会などでのカタログ冊子のようで面白味もない。

・・つげ義春原作モノの映像化となりゃ大いに観たくなる(期待する)に決まってる。しかも上映されてから二週三週と経って巷での評判もいい、となりゃ、どんなもんかと更に期待しつつ、いざ劇場へ。と、その前に、前日にその基となった原作を読み返し、夜には久しぶりに石井輝男監督の『ねじ式』を観たりと雰囲気を楽しんだりと。

・・さて映画。今、世間では、某大作アニメの酷評、客数のなさなど苦戦してる作品などあるなか、今作品、酷評ではないが、どうも違和感や原作などの比べじゃないが、正直全然響かず刺さらず、あっという間の上映に「え!終わりかぁ~」。うぅ~んという大きなものから小さなものまで気になった点がいくつも。 まず、そもそも、つげファンのひとりとして二本の短編原作を映像化するにあたり描かれた1968年と現在の2025年とは同じ日本でも環境から生活してる人間たちまで違うということ。海辺での男に話し掛ける女の(ハント?)リアルさが感じられず演じた河合さんも原作の女よりも若く(幼く)見えて違和感、対する男も原作にある台詞をしゃべるんだがこちらも同じく学生のような青年というよりは少年に見えてしまってこれまた違和感。 さらに設定としての違和感だったことに、作者のつげ氏は元々旅モノから温泉から寂れた宿など好んで行くことなどから、原作でのべんさん宿にというのもわかるが、映画での現代的な、しかも普段からそういう処へと行かなそうな女性が(危険とは思わなくとも)気分転換に気晴らしにわざわざ雪の積もる(大きな旅館は満員だったという)東北へと行くだろうかね?と、違和感。その寂れた宿のべんさん(堤真一さん)が良くなかったではないが、キャスティングとしてべんさんに見えなくこれまた違和感(原作のイメージあるからね)。

・・つげ漫画はストーリー性を無視するかのようにプッツリと作品が終わるというのが味なんだが、それを今作映画ではちゃんとストーリーとしてる(つまりは主人公が帰るとこまで)。 そうすると、泊った一、二泊の宿でのことだがつげさんのような人だったらまだしも仮にも泊る主人公は女性、風呂は?トイレは?など諸事情など気になったりも。ラストでもべんさん不在のままひとり宿を出て帰るに至ったわけだが宿代はいくらで払ったの?など頭に浮かんだりなど(原作ではそんなこと考えさせられるような世界じゃない)。

 68年に描かれた「海辺の叙景」での「いいわぁ~」の女性も、あの頃のあの当時の(設定的には演じた河合さんよりもう少し年上だろうなぁ)人だったら、年齢的時代的に雰囲気的に云いそうな云ってもおかしくなさそうに感じたんだが。だから男も水死体のことをふつうに「どざえもん」とクチに出すのも無理じゃない。今の若い子は知らないんじゃないかな。

・・けっきょく原作を知ってたから(イメージもあって)いけなかったかなと劇場出てひとり考えてしまった(べつに比べることもないのにね)。まだなんにも知らなかったら主要登場人物たち四人のやりとりも違和感なく観られたんじゃなかったかな?と。