(映画パンフレット)『髪結いの亭主』

  パトリス・ルコント脚本、監督作品『髪結いの亭主』(1990)

  原題「Le Mari de la coiffeuse」

 (出演)ジャン・ロシュフォール、アンナ・ガリエナ、アンヌ=マリー・ピザニ 、ロラン・ベルタン 、アンブロワーズ・デュプレ、モーリス・シュヴィ、

 (音楽)マイケル・ナイマン

80分間の夢の中の恍惚寓話

・・よく巷に云われたりする(ジェットコースターに乗ったような体感映画)など例えとして上映時間中の愉しみの表現としてあるが、この映画においてもまさに80分というコンパクトな時間内でウットリさせられ、フェティシズムを味わい、恍惚に酔い、現実ではとても経験することのできない夢のような体感物語に一度だけでなく二度三度と今後においても何度と体感したくなる映画の一本となったかもしれない(似たような作品に『弓』を観た時にも感じた)。観るに癒され性エネルギーが疼く。

・・監督とおなじく自分も髪をいじられる際の気持ちの良さ(恍惚感)を常に得る、あまり日頃他人には云わない癖というかフェティシズムとでも云うのか(性癖?)なんとも説明しがたい快感欲(至福の心地良さ)があるね。だから他人の自伝的要素ふまえたフィクションであるにも関わらず劇中のアントワーヌの幼少期のエピソードから自分にもドンピシャ体感。のちの成人してからのまるで夢の妖精的女神マチルダとの生活もなんと(映画ならではの)憧れの世界なこと。

パンフ内の評論家川本三郎さんのコラムに書かれてる「・・アントワーヌは、おそらく現実社会の人間関係のなかで生きるのはとても不可能な男だろう。」・・なにか自分に対しても云われているかのような現在の三次元的地球上で生きずらいライトワーカー的なことにも同時に思ったりしたことも。



		
		

(映画パンフレット)(伊丹十三作品)『マルタイの女』

  伊丹十三脚本、監督作品(十作目)『マルタイの女』(1997)

  英題「Woman in Witness Protection」

 (出演)宮本信子、西村雅彦、村田雄浩、名古屋章、江守徹、近藤芳正、あき竹城、小日向文世、小島聖、高橋昌也、伊集院光、

 (音楽)本多俊之

 *「マルタイ」・・警察用語で捜査対象者や警護対象者を指す。映画では警護対象者。

・・笑いやユーモアがあればいいかっていうと、そうでもないが、とくに伊丹映画を一作目の『お葬式』から観てきたいじょう、この作品は序盤からシリアスな展開に、まだ他の監督作ならまだしも、過去作でシリアスタッチはあっても伊丹演出ならではの(成人映画にもちかいような)エロやユーモアもあった。なのでそれらとどうしても比べてしまい、なんか楽しめたような、ハラハラピリピリに終わった印象だったね。

『ミンボーの女』の大地康雄、村田雄浩さんのコンビの今作の西村雅彦、村田雄浩さんコンビ。

公開前には過去作同様地上波民放番組による(毎度恒例の)メーキングも観たし、伊集院さんのラジオだったかでは出演時の裏話なんかを聴いた記憶があったかな。