(映画パンフレット)(原作松本清張作品)『砂の器』

 松本清張原作を映画化、橋本忍、山田洋次脚本、野村芳太郎監督作品『砂の器』(1974)

 英題「Castle of Sand」

 (出演)加藤剛、島田陽子、緒形拳、丹波哲郎、森田健作、加藤嘉、夏純子、渥美清、

 (音楽)芥川也寸志 『宿命』

 トリスバー、ハンセン病、ヌーボー・グループ、蒲田駅操車場、山陰地方のズーズー弁、紙風吹の女、宿命、カメダと亀嵩、

・・まさに日本映画史に残る名作。そのせいか、この映画を観て以来清張原作を読むたびにこの映画のテーマ曲が(清張世界の代名詞のごとく)頭の中を流れながら読んだりしてる。

これまでにもテレビなどで何度放送されたことだろうね。絶対に観てしまうよね。まだ若かった頃初めて観た時なんかは(大作ぶりもあったせいか)長く感じたりもしたけど、今ではあっという間とは云わないまでも毎度引き込まれて時間をも忘れてしまうほど。さらには毎度判ってはいるもののお遍路姿での放浪の旅の回想はグッとくるものがあるよね。貧しいながらの子供を想う加藤嘉さんの姿にまるで自分の回想のようにも思えてしまうようなねぇ~・・なにかがあるんだよなぁ。

・・この映画のあまりの秀作さにテレビなどで何度も何度もリメイクされてるけど(イメージや思い出もあるんで)・・とても観られないよね(じゃなくて観ようとする気がおきない)。観てないからなんとも云えないけど、いろんな設定や人物が脚色されて変わられたり増えたり無くなったりなど元々の設定から全然違ってしまったりなどもあるんじゃないかと思ったりもあったりしてね。これに関しては2時間ドラマしかり。だから昔は「松本清張ドラマ」っていったらウキウキして観てたりしたけど、ここもぅ10年20年は原作ドラマは観てないなぁ。

・・ここ最近知ったというか、今頃になって気づかされたことのひとつに・・初めて映画を観た時から「ボヌール」のホステスのひとり(チョイ役にも関わらず)が奇麗だなぁと思ってたけど・・なんだ、夏純子さんだったんだねと・・。「不良少女魔子」から「トラック野郎」から「不連続殺人事件」までここ数年にわたって個人的に注目してた女優さんのひとりだったことからもあってね・・まさかこの作品にも出てたとは・・知らなかった、気づかなかった、・・というかチョッピリの嬉しさがあったね。ヒロインの島田陽子さんよりも自分は推すね。今のところはね。これも好き好きがあるからね。

(映画パンフレット)『『ミスター・グッドバーを探して』

  ジュディス・ロスナーの原作小説(じっさいに1973年に起こったロズアン・クイン事件をモデル)を映画化、リチャード・ブルックス脚本、監督作品『ミスター・グッドバーを探して』(1977)

 原題「Looking for Mr. Goodbar」・・Goodbar・・男性器

 (出演)ダイアン・キートン、アラン・フェインスタイン、リチャード・カイリー、チューズデイ・ウェルド、トム・ベレンジャー、ウィリアム・アザートン、リチャード・ギア、

・・はじめて何気なしに観た時は、ただただ衝撃しかなかった記憶しかなかったけど、あれからも歳をとり、情報を得たり、本などを読んだりするなかで今回「二十歳の原点」の高野悦子さんの姿がふっとよぎったことで久しぶり観ることにした(一緒とか似てるとかではなく)。あと鈴木いづみさんもかさなったかな。さみしく思う女性たちとでも云おうか。

普段は学校の先生という真面目に勤めるも夜は男をもとめて・・というと多くの人も思い出されるかもしれないけど(東電O.L殺人事件)での被害者なんかも思い浮かんだりもするね。昼のキャラと夜のキャラの二面性がね。男も女もさみしさを(はじけたい)という鬱憤したものがあるんだろうね。自分も然りだけどね。

この映画のモデルにもなった実際に起こった事件を映画化というと同監督作「冷血」もそうだよね。本編が終わったあとのパラマウントのロゴがモノクロなのも「冷血」感というか後味の悪さが思い出されたりなどねぇ。

(良い意味での)後味悪さとはのエンディングとは別に、オープニングでのタイトルシークエンスでの写真によるモンタージュ(キャシー・フィールズさん?)はアート感あって良いね。

・・ゴッドファーザーの本のセルフパロディ(ダイアン・キートンにとってのね)のまさかのカットには観ながら思わず苦笑してしまったね。