(映画パンフレット)『月』

 2016年に起きた障害者殺傷事件を題材にして2017年に発表された辺見庸原作小説「月」をモチーフに映画化、石井裕也脚本、監督作品『月』(2023)

  英題「Moon」

   (出演)宮沢りえ、オダギリジョー、磯村勇斗、二階堂ふみ、板谷由夏、モロ師岡、鶴見辰吾、原日出子、高畑淳子、

 (音楽)岩代太郎

  本音、きれいごと、悪意、嘘、人間、ヒト、心(の有る無し)、意思疎通、コミュニケーション、

・・題材(モデル)となった事件(先々の展開)を観る前から知ってたぶん、ちょうどシャロンテート事件をモデルとした『ワンス・アポン~ハリウッド』を鑑賞中のあの気持ちの悪いヒヤヒヤ感をこの映画でも体感。

・・心があるのかどうか、心がない人間は生きている意味がない?排除すべき? 心があっても(話す口や言葉を聞く耳があっても)意思疎通できないコミュニケーションできない関係(仲)もある。こっちの方がより厳しくツラく怖いもんじゃないか。だからか、劇中、四人で鍋を囲んでの会話シーンなんかとても観ちゃいられない嫌ぁ~なリアルさがあったよね(衝撃、インパクトからいえば、隔離されたタカシロさんという患者のシーンよりもガツンと重たかったね)。

・・パンフのデザインに関して。少なくともチラシにもある宮沢さんの写真ひとつくらいは欲しいよね。毎度散々思う表紙デザインに関しては(依然として現在もシンプルパターンが流行りなのか?)絵や写真のないものは分かりにくいということもあるし、なにしろ見ててつまらない。だから今回のこのパンフに関しては文字の「月」というより、せめて劇中サトくんが切り抜いて壁に付けた月を載せて欲しかったなぁと。・・この映画、いろいろ衝撃作やら問題作としてやら(上映禁止までもいわれたりなども)云われたらしいけど自分はとくべつ(そのまえに昔から実録ものが好きだったし、他の作品でもいろいろ観てきたので充分免疫ついてることもあってか)衝撃受けることもなく比較的冷静に観てたかな。もっと云えば視座というのか三次元(第三密度)地球においての起こりうる起きたことを俯瞰して観てた。地球人の愚かな事つまらない事悲しい事として。

・・起きたことは事実として捉えてと。つまりは実際(事実)モデルとなった事件が起きたのも事実、それを基に小説が書かれたのも事実、その原作を基に(モチーフに)映画がつくられたのも事実、その作品を(観る意思を持って、縁があってか)観た自分も事実。はなから映画が良い悪い面白いツマラナイ、不謹慎とか自粛すべき・・でなく観た(観る)個々がどう感じたか、どう捉えたのかじゃないのか。

・・観た後(の感想のひとつ、感じたこと)として、劇中の登場人物の皆にも関りがあるがクリエイトする者(観てる自分もそうだが)にとって勇気をもらったと。生きてれば(何事にも続けていれば)いつかは報われることもあるんだなぁと。

(映画パンフレット)『籠の中の乙女』

  ギリシャ映画、ヨルゴス・ランティモス脚本、監督作品『籠の中の乙女』(2009)

  原題「 Κυνόδοντας(ギリシャ語)、 Dogtooth(英語)」

 (出演)クリストス・ステルギオグル、ミシェル・ヴァレイ、アンゲリキ・パプーリァ、マリー・ツォニ、

・・初見時も二度目も正直感覚映画と受けとった。初見時は新感覚な変な映画にリンチっぽくもハネケっぽい抑圧されたフェチな映画だと思ったが、、二回目を観ると(観る時期もあろうが、かなり間をあけての鑑賞)変わったかな。

 『籠の中の』『ロブスター』『聖なる~』あたりまで観た頃は作家性の強い独特な個性の監督作ということでクセは強いが自分の好き系統かと思われたが、、今回久しぶりに観ると笑いに舞台劇のような「どうでしょ?」「これ変でしょ?」「おかしいでしょ?」の感じが(自分には)匂い、ちょっと引いてしまったなぁ。初見時の好印象に対して今回観て面白い面白くなかったというよりなにか好きになれなかったなぁ~といったかんじ。まだリンチ監督は天然な独特なクセが感じられるからね。

 ラストでの姉のとった行動(アメリカ映画をつい観ただけに)は「井の中の蛙大海を知らず」からの脱出、『トゥルーマンショー』の主役ジム・キャリーを連想。小説で云うとこの「都市と星」のアルヴィンのとった行動のように自ら新たな世界を求めて外界へと旅立つような、そんなことを思ったかな。

 家族で使う一般とは違って使われる意味での単語についても冒頭から面白く観てたが、中盤もこえて終盤絵といたっていくと現実とはかけ離れたチンプンカンプンな言葉のやりとりもなんだか薄れてて序盤のみの変な家族紹介の導入にすぎなかったのかな?と。だいたい奇抜な設定とはいえ父母の本当の考えがよくわからない。

 作品のタイトルに関しては原題の「犬歯」といわれても多くの人がピンとこないであろうことを思うと邦題の方がまだ良い(というのか、取っ付きやすい)んじゃないかな(乙女だけじゃないがね)。

 パンフの表紙デザインに関してはせっかく姉妹なのに一人だけということと、なんのシーンなのか全然わかりずらいということなんかを思うと、やはりだが、誕生会での踊る姉妹のツーショットの方がまだいいんじゃないかなと。タイトルにも「乙女」だし。