Posted on 5月 29, 2016
(夢に関する本) 『ドリームレッスン』
福田高規著『ドリームレッスン~エドガーケイシーのリーディングを活かす』(1993年)たま出版。
・・もぅ、ここ2~3週間まともに夢を見ていない(正確に云うと覚えていないまま朝を迎えてる)。普通に考えればどおってことない事なのだが、自分のような定期的にコンスタンスに夢を見てきた(覚えてた)者にとっては少しばかり悩ましきことのように思えたりしてる。
・・なにかしらの原因があるのか?最近どうしちゃったのか?など思ったりしながらふと本棚に並べられてる数ある夢書籍の中から一冊この本を取り上げてパラパラめくり走り読みする。すると今の自分を癒すかのように書かれている或るセンテンスを拾い読む。例えば、108頁にこう書かれてる
「・・よく、私は夢をみませんという人がいる。その人は幸福な人である。その人は真剣に取り組むべき問題を抱えていないのだ。人は難問があり、それについて真剣に考えていると、意識のメカニズムが病的でない限り、潜在意識が反応を起こして、それについての夢をみる。・・」
・・う~ん、確かに毎朝目覚めは良いし、日頃正直云って悩ましきことも今は抱えていない(今綴ってる夢をみなくなったということはとりあえず別として)。自覚的にストレスらしきものも持っていない。欲もそんなに持ってない。卑下することもなし。・・全然良いではないか・・。だからこうするべき、こうしなさい、という暗示など含めたメッセージとしての強く頭に残るような夢を最近みなく(覚えられなく)なってしまったのだろうか・・?
・・反面良い兆候と云えばそうなのかもしれないのだが、これまで10年近く夢日記を綴ってきて毎夜もう一つの世界の楽しみがあった以上それが最近ご無沙汰になってるのが少々寂しい思いをしている。
・・本で書かれていることを呑んで焦らずなるように任せて夢を待つしかないのか、又はより一層夢を掴め易くする方法をより高めるか・・、いま現在のちょっぴり悩ましき(心寂しき)境遇を思わず綴ってしまった・・。
Updated on 1月 11, 2023
(映画パンフレット) 『クリシーの静かな日々』



ヘンリー・ミラーの自伝的同名小説を映画化、性解放先進国デンマーク映画、イェーンス・ヨーゲン・トールソン監督作品『クリシーの静かな日々』(1970)
原題「Quiet Days in Clichy」
(出演)ポール・バルジャン、ウェイン・ジョン・ロッダ、ウラ・レンビグ・ミュラー、エリスベス・レインゴード、アビー・サギルド、シュザンネ・クラーゲ、ルイズ・ホワイト、ペトロネッラ、
(音楽)カントリー・ジョー
・・古書市で初めてパンフレットを手に入れ、原作を読み、さぁ映画だと思いきや、現在では上映の機会は無いわ、レンタルDVD(ビデオ)も全く無いわで(ちなみにとYOU TUBEを観ても動画も無かった)、日本では今やこの作品は観ることができない。ということで輸入DVDを購入するにいたり渋々日本語字幕スーパー無しで鑑賞。ただ原作に忠実でよくわかった。よくわかったどころか(理解できたか云々より)台詞でのやりとりはあまり無く全編絡みっぱなし(みんな性欲に赴くまま)。性器もぼかし無しで堂々とアップで映ったり。
・・と、観ながらふと思った。普通にパンフレットがあるということは当時日本でも公開されたと思うのだが、やはりぼかしはあったのだろうか?ということ。ちなみに今年の春に観たギャスパー・ノエ監督の『LOVE 3D』も全編やり放題の映画だったけど(こっちはトーンが重かったね)、同じやり放題でもこの作品はブルース、カントリー、ミュゼットなどをバックにライトなATG映画(特に観ながら「午前中の時間割り」っぽいなと思ったりした)のようで個人的には卑猥感なく楽しめた。けっこうコミカルな映画だね。
卑猥といえば、劇中で男も女も皆性器から結合部分までバンバンに映ってたのだが、唯一というか、主演のヘンリー・ミラー役(映画では”ジョーイ”)のみ性器が一度も映ることは無かった。たまたまだったのか?あえて編集でこの人(本来は役者でなくバレーダンサーらしい)のみカットしたのか?ちょっと気になったりと・・。








