(映画パンフレット) 『ドライビングmissデイジー』

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 1987年ピューリッツァー賞演劇部門を受賞作したアルフレッド・ウーリーの戯曲を映画化、ブルース・ベレスフォード監督作品『ドライビングmissデイジー』(1989年) 

  原題「Driving Miss Daisy」

 (出演)ジェシカ・タンディ、モーガン・フリーマン、ダン・エイクロイド、

 (音楽)ハンス・ジマー

  ~第62回アカデミー賞作品賞受賞作品。監督賞はノミネートすらされず。~

・・割引券はもらっていたが、公開時は観なかった。そうか、同時上映は「リベンジ」とある。後年ビデオで観たケビン・コスナーとマデリーン・ストー共演の映画だよね。今思うと良い組み合わせの上映だったね。

・・この映画について個人的にまず挙げることと云えば、近年(ここ10年)において一番回数を観ている作品で(洋邦あわせて)ではないかと思う(それほど気に入っているということな?)。

ただ、初めてこの映画を知った際は正直良い印象を持たなかった。というのは初めて知ったのは当時のアカデミー賞作品賞のノミネートに自分も強く推していた生涯の一本となる作品『フィールド・オブ・ドリームス』が、この(いわば)地味な作品に負けてショックを受けたのと、”え!こんな映画に?”という驚きから正直快い感じがしなかったのを憶えている。

その後、作品賞受賞作の上映ということで観たのだが・・やっぱりその時もあんまりピンとこなかったかな。

とはいえ、映画というのは歳を重ねるごとに見方(捉えかた)も変わるもので、なにげに二度目三度目と観るごとに好感が持てるようになり(観心地がいい)、今では大御所俳優となったモーガン・フリーマン(ホーク)の朴訥とした芝居を観るだけでも見応えがあり、主演のジェシカ・タンディ(デイジー)とのホンワカした心温まるやりとりも当時(初めて観た時)とはだんだん違って観えて味わいがあるように感じたものだった。今は作品賞受賞は納得の支持。

勿論、ハンス・ジマーのスコアも聴き心地が良い。

何度観てもウルッとくるんだが、特にラストシーンでのパイを口元に運ぶ二人のやりとりなどは、これまでに観た洋邦映画のなかでも感銘を受けた(ホロっとさせられた)ベストシーンのひとつであるかな。癒されるし、いつまでも観てていたいシーンだよね。

 

<夢占い>便器からあふれた大便が流れ出る

・・学校の体育館のようなところで自分(学生なのか社会人なのか判らない)を含めて舞台劇をつくることに。自分らは出演する側でなくスタッフとしてセット作りを担当する。

舞台上の床にまず黒いシートを這わせて、劇の設定が昔風なのでレトロな看板などもつくる。まわりの生徒らも一生懸命セットづくりに励んでる。

すると自分は用を足したくなり個室に入るが誰かが大便を足した後でそのまま流していない。自分は不機嫌に思いまず水を流そうとすると相当詰まってた為か水と一緒に大便の塊りが外へとあふれ出る。すぐさま自分はトイレにいる周りの人々に向け「あふれた!」と、さも自分がした後でないことをアピールしながら呼びかける。

その後、舞台へ戻りさらに上のキャットウォークへも上がり下の舞台の光景を恐る恐る(高所恐怖症の為)見てると、或る母子連れが同じキャットウォークから真っ逆さまに舞台向こうのクリークへと飛び込んでいくのを見る。

・・自殺?

ただ、ドボン!と水柱たった後、二人とも水面に浮かび上がってきた。

そして自分も(なんの為だったのか?)そのクリーク内に周りに人が見てる中、まるで温泉にでも浸かるように浸る。汚い水がクチの中にも入り塩辛い

その後、特に何もやることなく自分は各教室を練り歩いてると、子供たちがセットづくりに励んでいる姿を見る。

 


 

<夢分析>・・久しぶりに見た大便関連の夢。見てる間は決して気持ちの良いものではないが、反面、精神的、占い的には期待されるものがある。今回の夢では自分は表に立たず裏方にまわっている。気持ち的に変化があったのだろうか?ただちゃんと与えられた任務はどうやらこなしているようでそれはそれで良いと思うのだが、わざわざ気持ちの悪い思いまでして汚いクリークに入ろうとは・・。癒しが欲しかったのかな?自殺のように見えた母子はなんの暗示だったのだろうか?見ててちょっと怖かったなぁ。

2015/6/3便器から溢れる大便